公演情報

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HEAVEN ELEVEN OF THE DEAD

2012年9月13日~9月17日@ザ・スズナリ

【作】スエヒロケイスケ
【演出】寺十吾

【出演】
亜矢乃/柿丸美智恵(毛皮族)/津村知与支(モダンスイマーズ)/西園泰博/舞山裕子(劇団昴)
寺十吾/宇鉄菊三/日暮玩具/松原正隆/岡野正一/中野麻衣/佐藤健/大高洋子

【スタッフ】
照明   松本伸一郎(あかりとり)
照明協力 フリーウェイ
音響   岩野直人(ステージオフィス)
舞台監督 田中翼
舞台美術 小林奈月
宣伝写真 久家靖秀
宣伝美術 飯塚文子
演出助手 小形知巳 

あらすじ

ゾンビの出てこないゾンビのおはなし

「今世間では、ヴァンパイアとゾンビが流行っている。ヴァンパイアなんかは、一昔前の重々しい雰囲気とは一線を画し、カジュアルな装いで恋愛ロマンスなどを展開していたりする。ゾンビも存在感に洒落が出てきて、キモ可愛いポップアイコンとして活躍している」ようにスエヒロからは見える。
 スエヒロは今回、ゾンビを扱う作品を書くことにした。昨今の流行に乗って作品を発表すれば、少しは話題になるかもと、浅はかな考えはスエヒロにだってあるのだ。そう、浅はかにやるのが一番いいと思う、この手の題材は。

 だからってこの作品をB級エンタメだと、観る前から高を括られると大いに困る。それは誤解だ。ゾンビというアイコンは、ニンゲン世界の格差や差別など、様々な問題のメタファーの象徴となっている。…とか、難しいことはスエヒロは考えていないが、もっと大ざっぱなところでスエヒロは、「目に見える『死』そのもの」としてゾンビを捉え、それを目の当たりにするヒトが、あるいは、ゾンビになってしまったヒトの魂が、ゾンビとどう向き合い、どう抗い、受け入れていくのかを見てみたい、という思いから、ゾンビを扱うことにした。
 精神分析で有名なラカンというヒトは、真の「リアル」は死ぬ瞬間にしか実感できない、というようなことを言っている、ととある本で読んだ。日常我々が感じている現実感は、「リアル」ではなく、「リアリティ」のことで、ようは「『現実のように感じる』ことを感じている」だけで、現実を感じているわけではない、ということらしい。では生きているうちには実感できないで、死ぬ瞬間にしか実感できないという現実とは、一体どんなものなのか。死ぬ瞬間に、何かを感じることなどできるのだろうか。死ぬ「瞬間」じゃないとダメなんだろうか、死んでしばらく経ったらもう感じられないのだろうか、とか、そういう疑問を持ったスエヒロは、生きながらの屍であるゾンビに着目した。生きながら死んでいる存在ならば、そのラカンの言う「リアル」を実感しながら存在しているのではないかと。

 ここ数年、スエヒロの作品は「死」に囚われている。
「死」を描こうとすると、自動的に「生きる」ことも浮き彫りになる。というか、むしろ「生きる」ことの方が強く押し出されてくる。生きることを粗末にしてまでも、まず「死」を描いてみたい。それはラカンの言う、「リアル」を実感したい、という事なのかも知れない(じゃないかもしれない)。でもだとしたら、死ぬ瞬間にしか実感することは出来ないと言われるそれを、スエヒロは、生きながら、描けるのか?どうなんだ?

 断っておきますが、舞台上にゾンビは出てきません。ゾンビの出てこない、ゾンビのお話です。さすがに舞台でエグイ描写をやるのはリアリティーに欠ける行為なので、ゾンビそのものは出てきませんが、何らかのカタチで、描写はするかもしれません。でも即物的にエグイというのはないので、安心して観にきてください。

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